二人は並ばずに歩いていた。 フィフス・アヴェニューをが常と変らぬ速さでスタスタと進み、その一歩後ろを、アーサーがぶつぶつ頭を抱えながら歩いている。さりげなく彼女が人除けになってくれているのにも気づかぬくらいに、アメリカ生まれの自称英国紳士は思考の淵に沈みきっている。彼の頭は今まさに混乱の極み、真理のカフェ・オレ状態だ。 送っていくと自然に提案したアルフレッドに、一人になりたい考えさせてくれと申し出たアーサーだったが、帰る道が同じだと、今度はエイリアンが付き添いを申し出た。もちろんこの状態のアーサーを一人で帰すことを心配しての提案だったのだが、アーサーからしたら迷惑以外の何物でもなく、すぐさま断ろうとしたアーサーを知ってかエイリアンは、「別にアーサーさんと帰るんじゃないですよ。私はあなたの前を自分勝手に歩きますがそれはアーサーさんと帰ろうとしているのではなく、ただ帰る方向が同じというだけのことなのです。」といまどき幼稚園児でも言うか言わないかわからないような屁理屈を述べた。 混乱の原因であるエイリアンなどというふざけた存在と一緒に帰ってたまるかと喚いたアーサーに、「そっか!じゃあよろしく!」俺は上に報告しないと正直やばいんだぞ、とアルフレッドは再び博物館内に帰って行ってしまった。この事後対応のアバウトさが、よけいにアーサーの心理状態を不安定にする。 やっぱり嘘なんじゃないのかという疑いが、ちっとも消え去ってくれないのに二人がどこまでも"いつも通り"だから、それがやっぱり本当なのだと確かに小さく何か真実に告げられているような気になる。 ・はエイリアンだ。 そんな馬鹿な。 「んな馬鹿な…絶対嘘だ、エイプリル・フールだ、馬鹿にしやがって…ぶつぶつ…畜生なんだってんだエイリアンだって?ふざけんなぶつぶつ…、」 「アーサーさん前、」 電柱、とが言い終わる前に彼は思い切り電柱にぶつかって蹲る。 大丈夫かと尋ねる声にすら、ふつふつと怒りがわいてくる。なんだってんだ、なんだってんだ。いったい俺が何をした!!!カッカと腹の底が熱い。その衝動に逆らうことなく彼は勢いよく顔を上げ大声で怒鳴りつけようとし、差し出されている白く細い腕に巻かれた包帯を見、顔を落とす。 その手を取ることなく立ち上がった彼に、手持無沙汰になってしまった手のひらを握ったり開いたりを繰り返し、そろりとが肩を竦める。 「まあすぐに受け入れろって言っても無理な話です。」 「……俺は信じたわけじゃない。」 すぐさま返された言葉に、がまた肩を竦めた。 「信じていなくても今日からしばらくあなたに監視が付くのは事実だし、そもそも私が怪我をしたのはあなたをかばってのことだし、それに知ったところで今までとなにも変わりませんから信じようが信じまいがは勝手ですよ。ただアルフレッド含むこの国はこれを事実と信じているので、やはりそういう対応をしますよ。だいじょうぶ、あなたの平穏な日常は壊れたりなんてしませんよ。」 先ほど言われたことを守ればね。 秘密めいた微笑みを、が浮かべる。 いつもと変わらない街の雑踏、いつもと変わらない。黒い目、黒い髪、白い肌、痩せた体、細い腕、感情の読めないアルカイックな面差し。しゃれっ気のない細身のジーンズ、真っ白なシャツ。切り出されてきたままの原石のような、シンプルすぎる飾りっ気の欠片もない素の女。 彼はギリリと奥歯を噛む。 脳内では先ほどのアルフレッドの声が再生されている。いつも通り、いつもの通り能天気で、それでいて有無を言わさない喋り方。にっこりと件の冷たい微笑。 こんな都会の真ん中で、アーサーはこんなにひとりぼっちだ。 エイリアンは歩き始めた。どうしてかよろよろと、彼はその後ろを歩き始める。なんだってんだ畜生、小さな呟きだけ、彼について歩く。 |