「やあ、アーサー、調子はどうだい。」
 にこやかに眼鏡の奥で微笑みかけてくる友人がこんなにも憎かったことはない。
「…ほんとあいつらなんとかしてくれ…、息が詰まって仕方がない。」
「ん〜〜、こればっかりはしょうがないよ。だって君はしがない一般人で、なのに合衆国のS級の国家機密を知ってしまったんだからね。君の身の安全を守るためだよ。」
「…口封じの間違いだろ。」
 嫌味たっぷりに応じられたその言葉に、アルフレッドは陽気に笑い声をあげた。いつもと変わらぬわらいごえであるはずなのに、それはどこか乾いて、得体の知れない響きを帯びた。
 もうかれこれ一週間、アーサーには黒いスーツにサングラスの男が二人、ふと気が付くと常に近くにいる。真っ黒なサングラスの向こうの表情はまるで見えず、白い髪をした初老の男性と背の高い黒人の男とのその二人組は、仕事中も帰宅中も在宅中も散歩中も、いつだって彼にぴったり張り付いていた。身体的な接触は一切なく、ただ見張られているだけ。
 しかしそのプレッシャーは十分すぎるくらいで、彼は胃に穴が開いてしまいそうだった。
 痛む胃を抑え、じっとりと睨みを効かせる彼に、アルフレッドは動じない。

「あのねえ、君ひとりの発言なんて工作員2、3人の残業くらいの手間暇でどうとでもなかったことにできるんだぞこの国は。わざわざ人を四六時中貼り付けてまで監視するまでもなく、ね。…信じてほしいな、君を守るためなんだ。」
 眼鏡の奥の青い瞳が、冴え冴えと光っている。
 しばらくふたりは黙って、それからふいに、アルフレッドが息をはくと"いつも"のように陽気にわらった。ちなみにお手上げのポーズだ。
「ねえアーサー!いい加減そろそろ落ちついてくれよ〜!」
 せがむような、人懐っこい喋り方。一方のアーサーは、貝のように固く、口をとざしている。しかしそんなこと気にせずに、アルフレッドは話し続ける。
「落ち着いたらまたが植物の話を聞きたいって。彼女の星で地球みたいな緑の植物は宇宙航空が可能になるまで存在しなかった宝石のように貴重な品なんだよ。」
 にっこりと、常と変わらぬ会話に織り交ざるその非日常。吐き気がしそうだとアーサーはぼんやり思う。なんでも知っていると思っていた、弟のような幼馴染。ああけれど、その皮膚の下に流れる血の色はいったい本当に彼と同じ赤だろうか。そんな不安に苛まれるほどに、今アルフレッドは、アーサーに知らない人だった。
 苦い顔で黙ったままのアーサーに何を思ったのか、アルフレッドがふうとこれ見よがしにため息を吐く。

「エイリアンだから友達になれない、これまでとおんなじように付き合えない、っていうんなら君はひどい差別主義者だ。」

 ずいぶんとはっきり彼はものを言う。
「白人以外とは付き合わないっていうクズたちと一緒だよ。」
 その言葉にカッとして彼が立ち上がるのを、アルフレッドの冷たい声音が留めた。
「それとこれとは、」
「一緒じゃないか。」
 その青い目はどこまでも真っ青で真剣だ。
 彼は最初ばかげていると思った。エイリアンと人間を、同じ土俵で語ることこそ奇妙でおかしなことに思えた。だってそうだろう。何からなにまで違うのだ。その血も、骨も、細胞も、ぜんぶ。
「人間じゃないんだぞ!?」
「"この星の"ね。」
 アルフレッドがさえざえと肩を竦める。
「おんなじじゃないか。何が不満だい?生きていて、知性があり、会話することができ、コミュニケーションがとれる。見た目だってほとんど地球人に近いし、喜怒哀楽の感情だって彼女たちの種に関して言えば揃ってるよ。友好的だし、なにより地球人にあわせてくれる。"人間"だよ。彼らは。僕らなんかよりよっぽど進化して完成された種族だよ。」
 君知らないだろ?SFXに出てくるエイリアンなんかより、よっぽどグロテスクでえげつないエイリアンだっているんだぞ。シニカルな冷笑。
 初めてアーサーは、アルフレッドが怒っていると思った。
 同時に彼は、こんな怒り方をする幼馴染を見たことがなくてぎょっとする。なんて静かに、冷たく氷のように怒るのだろう。なにかに苛ついているようにも見えたし、やはり怒っているようにも見える。
「いいかい、アーサー。のようにこんな辺境の未開惑星人に友好的な種族は少ないよ。宇宙はとっくに僕らの地球を置き去りに、もう何億年も前に大航空時代を迎えてるんだ。彼らからしたら僕らの科学力なんて赤ん坊のおもちゃみたいなものなんだ。君は自分の方が格上だとでも思っちゃいないかい?」
「…。」
 饒舌なアルフレッド。その眼ばかりが淡々と冷たい。
「君はがエイリアンだと知るまで仲良くできたじゃないか。ちょっとかわいいななんて思ったりもしただろう?なにが問題なんだい?」
 アルフレッド、怒っている。
 それでもアーサーは答えなかった。アルフレッドが正しい意見を述べているのはわかっている。まったくもって正しい。彼は正しい。差別偏見クソ喰らえ、その通り、拍手喝采正しいご意見。それでも。それでも。アーサーは口を開きたくなかった。自分が正しくないことがわかっている。
 それでもの血は青いのだ。
 黙ったまま、そのままのアーサーに、アルフレッドはついにもう一度、深く深くため息を吐く。

「君みたいなのがまだこの星の大半以上だから、」
 冷え冷えとした目。ああそうかとふいにアーサーは気がつく。
 ああそうかこいつは。
 アーサーははっと目を開く。

「おかげで僕らは宇宙外交進出に乗り遅れ、発展は幼稚なレベルで足踏みをしてるんだよ。」

 地球が狭くて、地球人が嫌いで、きっと仕方がないんだ。