いなくなった。
どこをさがしても見当たらない。
シリウスは名前を叫び、呼んでまた叫んだ。でたらめに走りま わって姿をさがした。
星の影も青い梢もみんなさがしたんだ。
爪草の丘にも、霧の峰にも、どこにもいない。
こんなことは一度だってなかった。
叫びながら、シリウスはもがれるような痛みを感じていた。このまま、このま
まなくしてしまったらいったいどうすればいいんだろう。泣き出しそうな気持ちを、獣のような叫び声で押し隠して、シリウスは彷徨い歩いた。
いない。いない。どこにもいない。
月の裏側にいないか?水面の反射光には?
叫べば叫ぶほど、声は尖ってさびしくなる。美しい夜の中をシリウスは走りに走った。
緑睛の猫も金色羽の梟も 、彼女を知らないという。
どこに、どこに?
シリウスは今にも気が狂わんばかりだった。存在が、まったく感じ られないのだ。いつだってよりそうように感じられていた彼女のこころの輪郭を感じとることができない。こんなに澄んだ夜なのに、あの歌声が聞こえない。
そんな夜は一度だってなかった。
あの小さな妖精は、いつだって シリウスに寄り添いほほえみながらいきていたのに。
シリウ スはさけんだ。自分自身が消え去っていくのがわかったからだ。真っ青なおおきな月。シリウスは吠えて吠えて
吠えた。星の影、青い梢、水晶の泉、紫の山、霧の峰、灰色の工場。夜に導かれて、幼いころに通った道の、ど
こにもはいない。
あの小さな小さな俺の半身がいなけりゃ。
いなければ。
噫。
シリウスには、なにも見え ない。さがしているのにみつからない。星の影、月の裏側。宇宙の真空を詰め込んだ、底のない黒い睛をした妖精。
シリウスは黒い丘を足を引きずり歩いた。散り散りになった声を必死に掻き集めて、シリウスは風に乗せる
。聞こえたならば、必ず答える。それはちいさな約束だ。たったひとつの約束なのだ。小さなシリウスと小さな
の。妖精は約束を破らない。ことばの力に生かされているから。
それを知っていたシリウスは透明にひび 割れてしまった声でなお叫んだ。声は悲しく夜に響いた。冷たい夜に響いていた。シリウスの影が爪草の上に長 く伸びていた。